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学校に通えない子どもたちと、苦しんでいる親たちへ

 「不登校」って言葉があるじゃないですか。私の12年の教員人生の中でも、何度も出会ってきました。「不登校」って言葉と、「不登校」と呼ばれる生徒たちに。で、教育委員会に物凄い数の報告書を提出してきました。「私が不登校の子たちが登校できるようにするためにやっている10のコト」的なやつ。(実際はもっと堅苦しくて、しんどい書類)

出さなきゃダメだから、出していました。でも本当にやっている10のコトは全然別で、やりたい10のコトは報告書の外にある。そんな話をしようと思います。

そもそも学校って行かなきゃダメ?

よくね、「義務教育だから」っていう人いるじゃない。義務教育だから、学校には行かなきゃダメなんだよって。お母さん方が子どもに伝えることもあるし、下手したら学校教員が言っちゃうからね。おいコラ。義務教育はの「義務」は子どもにあるんじゃないよ。

「大人が、子どもに、教育を与える義務がある。」

そういうことなんだよ。学校に通いたい子どもを学校に通わせるのは大人の義務。学びたい子どもから学びを奪っちゃいけないよってこと。子どもが持っているのはあくまでも「学ぶことができる権利」何だよ。ここを履き違えるとスタートからずれる。100m走のスタート地点に馬に乗って現れる。みたいなことが起きちゃうんだよ。(例えがヒドイ!)

だからね、子どもの意見を聞かずに「どうやって学校に通わせるか」なんて議論はナンセンス中のナンセンス。学校至上主義による学校マウンティング。馬乗りポジションからの殴打。まずは馬から降りなさいよってことなのです。

どうしたい?が全てのスタート

じゃあ何をしなければならないのかって、子どもの「どうしたい?」を知ることだよね。「学校に行きたくない。」っていうならそれを受け止める。いろんな心配はあるかもしれないし、言いたいこともたくさんあると思うけど、それはいったん置いておいて。しっかり馬から降りて子どもの話を聞くんだ。彼はどんな種目に出場したいのか、それを見極めるんだよ。

なぜ?は必要ないよ。

「何で学校行かないの?」

って聞きたくなる気持ちはわかるけど、それって馬の上から「学校行きなさい!」って言ってるのと同じだからね!「そっか、行きたくないんだね。」それでいい。理解はできないかもしれない。受け入れることも難しいかもしれない。でも「受け止める」くらいならできるよね。

しっかり受け止めたら、聞いてみようか。

「どうしたい?」

これが全てのスタートだと思っている。学校に行きたくないなら、行きたくないこの子を応援しよう。応援するのが大人の役目だ。馬から降りて、何を応援するのかを見極めるんだ。子どもがなんて答えても応援しようぜ。

「もっと眠りたい」

よし、じゃあ眠れるように応援しよう!「どうしたらもっと眠れるかな?」良い枕がいる?ゆっくり風呂に浸かってみようか?一緒にハーブティでも飲んでみる?いいじゃんいいじゃん。眠るって素敵。

「とにかく学校のことを忘れたい」

オッケー。じゃあ何する?遊びに行っちゃう?学校サボってさ、遊園地でもいくのもいいかもしれない。映画館もおすすめだよ。素敵なカフェだって知ってるよ。カラオケで大声で歌うのもいいね。

「ゲーム」

いいじゃん。ゲーム。一緒にやろうぜ。どんなゲームやっているのか教えてよ。勝負する?じゃあ1週間後に勝負ね。それまでに技を磨いておくよ。手、抜くなよ。

そのうち、本人から喋ってくれるよ。「学校に行きたくない理由」なんて。「学校に行きたくない」をちゃんと受け止めてくれる人には素直に話せる。

でもね。「学校に行きなさい!」と、馬の上から言ってくる人には素直な気持ちなんて話せないんだ。めっちゃめんどくさいし、大声出さなきゃ届かない。届いたって、勝手に馬に乗って進んじゃうんでしょ?
そういう時に子どもがなんて言うのかというと

「行きたいのに、行けない」

嘘じゃない。でもちょっと嘘。学校に行くことが正義の人を納得させるには、「行きたい」と言っておかなきゃ話が通じないもん。私のせいじゃないの。行けないだけなの。そうしておかなきゃ聞いてもらえない。頑張って馬に乗って伝えるんだよ。馬なんて乗りたくないのに。

「違うの!馬が言うことを聞かないだけなの!」って言わなきゃならないの。

本当は歩きたいのに。

するとね、親は学校に連絡するしかなくなるよね。

「うちの子が、行きたいのに行けないって言ってるんです。学校に問題があるんじゃないですか?」

学校は、対応するよ。対応しても、多くの場合は来られません。一回通い始めても、またダメになるのがほとんど。だって、ニーズが違うんだもん。歩きたいのに無理やり馬に乗せているだけなんだもん。

学校が原因のことは、ある。人間関係で傷つくことも、ある。勉強で苦しんでいる子どもも、いる。
でもそれを一つ一つ解決しても、うまく行かないことも、意外と多いです。それは子どものニーズに向き合っていないから。

まずは子どもが何をしたいのかをスタートにして欲しいのです。

馬に乗らず、降りて話を聞いて欲しいんです。まずは受け止める。それだけでいいんだと思う。焦ってもしゃあないしね。

そもそも学校に通うことは目的じゃない

学校に通わなくても学べます。だって学びの目的は「個人の成長」と「豊かに生きる」ことでしょう?本人が将来、幸せで豊かな人生を送れていれば、学校に通ったかかどうかは関係ないの。学校は手段であって目的じゃない。

じゃあどうすりゃいいの?

たくさんありますよ。今はオンラインの講座も山ほどある。興味のあることを学べばいい。通信もあるし、フリースクールもある。昔に比べれば選択肢の数はいっぱいあるんだ。子どものニーズさえ掴めれば、「どうしたらいいかな」の選択肢は考えられる。

ただ、大事にして欲しいなぁって思うことは、あるんです。

人と、社会とのつながりを切らないで欲しい

親が怒る。子どもも怒る。部屋に閉じこもる。その結果、人とのつながりが切れる。社会とのつながりが切れる。そうなると、前に進むエネルギーが無くなっていく。それはとっても寂しいなぁって思う。

そうなっちゃったら、もう焦ってもしゃーない。ゆっくり行こう。子どもは大人よりもすごい。何がすごいって「必ず成長する」。これがすごいんだよ。きっと苦しいよね。お母さん方も、お父さん方も、苦しい。本人だって、苦しんでる。でも、今は休むしかない時期。夜更かししてもいいよ。ゲームしてもいいよ。でも、ゆっくりしよう。お父さんお母さんが嫌なことは、嫌って言ってもいい。それで、喧嘩になっても構わない。でも、説教は後にしよう。馬の上からの言葉は届かないからね。普通に暮せばいい。本人は少しずつ前に進んでいる。

で、ちょっと元気が出てきたら、社会とのつながりを作って欲しい。

それは、何でもいいんだ。オンラインスクール?ゲームの大会?釣り教室?料理教室?街のサークル?おじいちゃんの家?ボランティア?なんでもいい。家族以外と過ごせる場所を作ってあげて欲しい。家以外に居場所があるって、本人にとって力になる。安心が2倍だ。そしてそれは、楽しいことがいい。そうすれば、社会性も勝手に育つし、前に進める。

我が家の娘は不登校経験者で、今もなお不登校気味です。「学校なんて行きたくない」が口癖です。

「そっか、行きたくないんだね」

「どうしたいかな?」

2年前、娘の口から出てきたのはこんな言葉でした。

「宿題とかに縛られない場所で学びたい。きっと私に合う場所があると思う。」

面白くない?面白いんだよ。で、オンラインの居場所をめっちゃ探した。娘と一緒に探したよ。
NPO主催のオンライン教室とか、オンラインの家庭教師とか、コーチングの先生と喋ってみたりとかね。「うん、これなら楽しい!」としばらくやっていたけれど、

あるとき彼女は言ったんだ

「学校行ってみるかな。ダメならまた不登校すればいいし!」

今でも休む日はたくさんあるし、宿題だってあんまりできていないけれど、前より楽しそうだよ。

それでもいいんじゃないかな。

教科書に学びはたくさんある。でも教科書じゃない学びだってそれ以上にある。馬に乗ってレースに出場してももちろん良いし、竹馬だって構わない。

どこを、どうやって走るのかは、子ども自身が決めていいんだ。