不登校のイメージを塗り替えるのは、これからの私たちです。

  • 2022年7月7日
  • 2022年7月7日
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私は、新しいことが大好きです。

目の前に新しいことがあると、とりあえず飛びついてきました。
藤原紀香さんが「写メール」の宣伝をしたときは、すぐにJ-PHONEショップに走りました。

今の若い人は知らないかもしれないけれど、外付けフラッシュをね、イヤフォンジャックに刺すんだよ。なんかワクワクしない?画質も悪かったし、便利じゃなかったけれど、楽しかったなぁ。

テレビ付き携帯も発売日に買いました。地デジじゃなく、地上波が見られるやつ。これもJ-PHONEだったなぁ。あれ?もうVodaPhoneになってたっけ?わっかんねぇや。東芝かどっかが出した赤い折りたたみのやつでね、アンテナぐいーっと伸ばして、地上波テレビ観れるの。電波が良い場所探してウロウロしたよ。

新しいことを始めるのってさ、ちょっとの勇気とドキドキがセットだけれど、すっごい楽しいんだよ。

どうも。にっしーです。

私はね、今、腹が立っています。

誰?

不登校=引きこもり

なんてイメージを定着させたのは。

ちょっと出てきなさいよと小一時間。激おこぷんぷん丸だよ。憤死するよ。
もうネットスラングが平成だよね。令和の人はなんて言って怒るの?

この古いイメージをぶち壊したいの。

「不登校?学校行かなきゃ引きこもりになって、将来がないぞ!」

とかいう暗示をかけるのはもうやめようよ。
昭和の人ですか?いや私も昭和の人だけどさ、時代は令和だぜ。5Gの時代だよ。世界中がインターネットで繋がっている時代だよ。引きこもりも全然引きこもってない時代だよ。ネットの中で世界中と繋がっているんだ。

不登校だって引きこもる必要は全くない。

むしろ不登校こそ外に出られる時間があるし、学校よりももっと豊かに社会と繋がれるんだよ。

私は元教員だしね、学校が大好きだし、大好きな場所を作りたいって頑張ってきたけれど、だからこそ感じる限界はあるよ。

学校は同じ年齢の人たちがギュッと集まって、みんなで学ぶ場じゃない?

同じ年齢の人たちがギュッと集まるとね、楽しいけれど、辛さも生まれるんだよ。
だって無条件で比較されちゃうじゃない。条件がおんなじ過ぎてさ。

本当はみんな違うんだよ。同じ環境の子どもなんて一人もいないの。家庭環境もそれぞれだし、持って生まれた資質もそれぞれ。みんな違ってみんないいんだよ。小鳥も鈴もそれから私も。

でも、学校で比べられる資質ってほんの一部だから、どうしても差が出る。勉強が得意でスポーツが得意な環境と素質の子どもが目立ちやすいの。物事の管理ができて、忘れ物をしにくい子どもが怒られにくいの。

だから子ども自身もいつの間にか、比較の中で育っちゃう部分はある。

比較の中で暮らしていたらさ、もしそれが大人だってしんどいよなぁって思う。
同期入社だけ集められて、ひたすら比べられたら半分以上はグレちゃうよ。
同じ経験年数のお母さんを集めて、あの人の子育ては素晴らしいのにあなたったらとか言われたら、辛くてしんどいじゃない?

そのほかにもいろーんな要素があって、集団で学ぶことに息苦しさを感じる子どもはいるの。良い悪いじゃなくて、息苦しいって感じるってこと。

でもね、心の底から「ひとり」をのぞんでいる子どもって実はいなくて

「学校か」「ひとりか」だったら「ひとりを選ぶ」って状態なことが多いのね。

不登校=引きこもり じゃない。

不登校=学校に通っていない これだけなんだよ。

学校に通っていないってことは、1日が自由に使えるってこと。
日本中を旅してもいいし、好きなサークルに顔を出してもいい。
昼間の習い事をしてもいいし、極端な話働いたっていいの。

でも子どもだから、一人じゃ無理だよね。

環境と手助けが必要なんだよ。

ただ、親も子どもも「学校行かない=不幸な引きこもり」ってイメージが強いから、どうしてもそっちに引っ張られるし、それしか選択肢がないって思い込んじゃうし、社会にも「そうであれ」って足を引っ張る人がいる。

どんどんどんどんどんどんどんどん

外のサービスを使いまくることだよ。

どんどんどんどんどんどんどんどん

外と繋げることだよ。

親の仕事はそれだけでいいんじゃないかってくらい。

親が全部やるなんて無理だよ。だって親も忙しいもん。
親も経験ないし、知識ないもん。一から学べる時間と元気があるならいいけれど、そんなに簡単じゃないよね。

学校の代わりに一日中子どもの面倒を見るなんて不可能だし、子どもだって親との繋がりなんて赤ん坊の頃からずっとやっているから今更感ハンパないじゃん。親とさえ繋がっていればいいよって思っている子どもはそれ以外を知らないだけなんだよ。

不登校は親のせいではありません。

自分を傷つけて、悩んで、苦しんでいるお母さんたちに、ボリューム最大で世界の中心から叫びます。

不登校は親のせいではありません。

(虐待している犯罪者級の親を除く)

不登校は、ただの不登校です。
本人が学校を選ばなかっただけです。

必要なのは、学校に通わせる努力じゃなく
外と繋げる手助けをすることです。

そのためには「不登校?オッケーオッケーオッケー牧場♪」からスタートです。
「じゃあ何する?学校の外の世界にいっちゃおうぜ。学校に通っている子たちが観られない世界を見に行こうぜ。」って言える第3者を見つけることです。(親が言えるならもちろんそれでもいいです。)

不登校だって東大に入れます。本人が望むなら。

不登校だって社長になれます。本人が望むなら。

不登校だって幸せになれます。本人は望んでいるんだよ、心の底で。

学校は絶対的な存在じゃないから。唯一の道じゃないから。
ただの手段なんです。ただのツールなんです。


白いお米を食べなくたって、他のもの食べてれば成長できるじゃない?
みんなんが白いお米を食べているからって、お米嫌いが絶食する必要はないじゃない?「お米食べないなら!痩せ細って死ぬよ!」なんてありえないじゃん。「学校行かないなら!将来ないよ!」もおんなじなんだよ。

お米以外の食べ物を探せばいい。

それだけなんです。

昭和は、探す手段がなかった。

令和は、探すツールが全員の目の前にある。

これはとてつもなく大きいよ。

不登校=学びが自由

君が手にしたのは「時間」だよ。

型にハマらずに成長できる「機会」だよ。

同世代に限らずに繋がれる「社会」だよ。

だから、どんどん頼りましょう。

親は抱えず。ニコニコして、他者を頼りましょう。

今は無料のサービスも、少ないけれどありますよ。

見つけたら、ここでどんどん紹介します。

一緒に、楽しく見つけましょう。

写メールに初めて出会ったあの日のように。